Diary

穴?


ところで故障中のシェビー君、今日から工場が始まったので早速電話。
すると、電話の向こうでなんとなく弱気、まあ4トンもある車体を牽引するのは楽じゃない。
分からなくも有りませんが、「来てくれれば修理は可能だけど移動はレッカーに頼んでくれ・・・・」というお話。

それじゃレッカーで移動させるべくネットで調べると、当たり前というか、これが普通なのでしょうが、思っているより遥かに高い金額。
92年式なので燃料ポンプは1万2千円前後、途中にあるストレーナーが2千円くらい、牽引と工賃であわせて安くて4万、高くて8万もあれば終わると考えていたのが、レッカーなんぞ呼んだら10万からへたすりゃすりゃ15万コースと、とんでもない出費になりそうです。

だいたい、アメ車はこのポンプがよく壊れるので有名なくせになんで日本車みたいに床板はずして交換できるようになってないんだくぉらー! (――;)
と怒り心頭ですが、

あ! ぴろりーん!

日本車には穴が有る、アメ車には穴が無い、それなら穴を造ればいいじゃん!

おおー! なんでこれに気が付かなかったんだ!

穴を開ける、自分で交換できる、今後のメンテナンスが異常に楽になる、おまけに修理費が15万から1万5千円になる。

あいた床板はFRPで蓋をつくり、シリコンシールすれば問題ないし、
うえには絨毯がかぶさるのでなんら問題は無い良い事ずくめじゃん!

さっそくやらねば (^^)フンフン・・・
2008年05月07日(水) No.475 (未分類)

もう一つの日記



こちらの日記ではなく、もう一つのブログのほうですが、こちらではこのところ戸塚校長先生から学んだ多くの事をもとして自分の考えなどを加味しながら叱る事に関しての連載をしています。

そうした中で見えてくるものは、アクセス数の変化ですが、叱ることの連載を始めた当初はかなりの多数アクセスがあったのですが。
どうすればよいのかという具体的方法をあげたとたん、アクセスが落ちることがありました。

これをみると何をみなが求めているのかということがよくわかります。
叱る事を肯定する為の理由とよい方法を探していることが読み取れるわけですが、
現実に人間がとりうる方法としては校長先生が言われる「進歩しろ!」と心におきながら叱るという方法以外に最良の方法など無いわけですが。

読み手にはそう伝わっていないようで、こうした現実から生まれてきた方法を馬鹿にしてもっと効率的で都合のよい方法をもともめている事が簡単に分かります。

最終的には人として子供に伝えることが出来るのは親の姿だけでしかないわけで、その姿の中に良心(良親)という物がある。
それだけでしかないわけですが、読み手はそう思わないようです。

ここから見えてくることは、どんなにおかしな方法であろうが、とりあえずブランド名がつき(何々大学教授が書いた、有名な教育評論家が書いた)、現実に実行が不可能であろうが、問題があろうが構わないという姿もみえてきます。
政治家の先生が海外のどこどこ有名大学卒だとかいったブランドを必要とするのも、それが有権者視点がそこにあるからですが、何か共通している物を見出すことが出来ます。

人間のもつ、いや日本人のもつ独特なもの考えかといってもよいかもしれませんね。
2008年05月06日(火) No.474 (未分類)

シボレー故障


昨日は偉い目にあいました、ウインドへ行く準備の為にでかいシボレーを移動していたところ、家のすぐ眼と鼻の先にある坂で突然のエンスト。
オートマですから、エンジン停止=トラブルなのです。

再度スタートするとなんかエンジンが変、吹け上り方がおかしい。
しばらく暖気すれば何とかなるかとおもっていたらまたエンジン停止。
以降二度とかからなくなりました。

こうなると4トン近い車体はお手上げ、坂だったのでとりあえずNレンジへいれてブレーキかけながら坂をバックで下ります。

しかし、変な体制で車はストップしてしまい、なんと完全道路封鎖状態。
あわてて家に帰り息子のダットラを持ち出して家内の協力を基に後ろに引っ張ったり前から牽引したりして何とか脱出。

そのまま駐車場まで引っ張っていきましたが、入り口でダットラがスリップ。
後輪が段差を越えられなかったのです。

こうなるとさすがに動かない、仕方無しに保険会社のロードサービスを呼んでウインチで駐車場にいれてもらいました。

この時点で7時50分、今日は三浦に行くのはよそうかと思っていたのですが、
どうしても娘が「行きたい!」とのたまわる。

仕方無しにパジェロに道具を積んで8時に出発、私の道具も積もうかと思いましたがルーフキャリアが狭くてどう考えても無理、仕方無しに娘のものだけにしました。

本当ならヒッチメンバをつけてトレーラーを引く事もできるのですが、まだ肝心の装置がついていないのではそれも無理なのですね。
「はやいとこ取り付けねば・・・・」

途中で大渋滞にまきこまれ、結局12時半に到着。
その後3時半くらいまでずっと楽しそうに娘だけが乗っていました。
途中で知り合いの国枝プロが現れて娘としばし一緒にプレーニング&バトル?
というか色々教えてくれたみたいです。
本当に感謝です。

私はというと、家内と2人で指をくわえて一日中写真だけ撮っていました。
2008年05月05日(月) No.472 (未分類)

開校記念日


天目山の春


娘はスクールの合宿へ行ってしまったし、春と言うことですから家内と共にふらっとお出かけ、行き先はもちろん私が勝手に決めますのでまずは甲府の信玄堤を目指します。
僕は昔からの信玄ファンで、信玄にまつわるものをチャンスのある度に見て回っています。
中央高速を快調に走り(家内はよこで思いっきり爆睡)、でも節約のために降りたのは勝沼。
バイクのツーリングならさぞかし気持ちよいでしょうが、花粉でブルーになるのが怖い。
国道20号線をテコテコと走り、信玄堤へ到着。
公園に車を止めて早速見学と相成ったわけですが、正直どれが堤なのか分らない。

そこで再度車に乗り違う場所へ移動して高岩を見ようとして迷走、
「なんだかよく分らない?」ということでもう一度もどって今度は川に沿って移動、
所々に堤と記述が有るもやっぱりピンと来ない。
「そんじゃ!」とまず高岩を見ようと信玄橋をわたって、御勅使川(みだいがわ)方向へ移動、
すると「有った! 有った!」
釜無川にT字型にぶつかる御勅使川の勢いをこのデカイ高岩にぶつけて威力をそぐというもの。
「なるほどー」と思い再度信玄橋をわたって堤方面へ移動、するとやっとここで理解。
現在川かわにそって作られている堤防に半分埋まるようにというか重なるように堤があったわけです。
工事自体は今から450年くらい前、20年の歳月をかけて人間が作り出した大きな
造成物。
自分が頭の中に描いていたちんけな想像とはスケールからしてまったく違うわけで、
だから分らなかったわけです。
この堤の技術を基にして現在の治水は設計されているとのことで。
目にみえる辺り一帯がすべて堤のためにあったという事実に結構な驚きを覚えると共に、当時の人口や土木技術・経済力をかんがえるならやはり武田家というのはスーパーパワーであったわけです。

うんうんと関心していると時間はもう11時半、歴史のことなどどうでもよい家内はお腹空いたーとごね始めます、およよと思いつつ仕方がないので次の目的地へ移動、下を走ると時間がかかるので再び高速に乗り勝沼へ移動して葡萄の丘へ。
腹が減ったので温泉卵付きの600円側をつるりと平らげ、これまた600円の展望温泉に入ります。
まだ桜が咲かず、観光客もまばら、「おおー!ラッキー!」と思いつつ露天風呂へ入ろうとすると、なんか子供とお父さん連中が端によるように入っています。
外へ出て理解、入れ墨の兄ちゃんがど真ん中にはいっていたのですね。
ちなみにこうした連中と付き合いのあった(私は昔法律に携わる仕事をしていました)僕はちっとも怖くありませんので空いている?墨のすぐ横に陣取ってさわやかな風と温泉の温かさを楽しみます。
その後はミストサウナそして再び露天とはいり、のぼせたところでギブ。
家内の方が出てくるのが遅いことが多いために私は趣味?(だったかな)写真を取るために駐車場へ歩きながら菜の花と雑草を見つけて写真撮影。
さて、私の好きなまるきワインを2本購入すると、本日の最終目的地。
天目山へ向かいます。
天目山は武田家終焉の地。
景徳院には織田・徳川連合軍に逐われた37歳の勝頼、19歳の後婦人、そして16歳の息子
が眠っています。
何となく自分の息子と思いが重なってしまい、まだ生きていたかったろうに・・・という何とも言えない気持ちで回っていると、なんと発掘隊がいます。
何でも武田を滅ぼした徳川が勝頼没後の200年後にかなり大きな葬祭を行っていたことが最近わかったらしく、お墓の下に5400枚の経石(お経をかいた石)が発見され、当時としては大規模なものであったことが分ったわけです。
発掘にはそれなりに費用がかかるらしく、国もお金がないんだね・・・・
来る方に1000円の寄付を募っていました、武田ファンの私としては喜んで寄付させてもらい、お守りを頂くと同時、これまた私を守ってくれるというお経の一文字「雨」頂き(この文字に関わることが私を一生守ってくれるそうです)、ちなみに家内は「除」でした。
2人で新しい経石に筆と墨で文字を刻ませて頂きます。
次の大発掘捜査後に発掘した経石は埋め戻すそうですが、その時にこの寄付車の経石も一緒に埋めるそうです。
次に明けるのは200年後になるそうです、2人ともこの世にいませんが・・・

その後400年の歴史有る景門をくぐり、家内が本殿にてお賽銭を投げると、「なんとー!」。
お金が中に入らず、箱の入り口の隙間に立ってしまったのです。
2人で一瞬びびり、でもその後なんか超―!ハッピーな気分に満たされます。
何故かというなら投げたのは5円玉それが信じられないような確立で箱の中に入らずに立って見せてくれた、すなわち神様と“ご縁が建った”ということですから
2008年03月29日(土) No.471 (未分類)

オムレツ


土曜日の朝から家内は職員旅行で大阪(ユニバーサルスタジオ)に行ってます、そんでもって3日間は父子家庭。 (^^;)

私は一通りの料理が可能で(男も料理できねばなりませんよ!)困りはしませんが、普段は絶対にやりません。

ちなみにスクールで料理長だった経験をもつ息子は私より格段にレパートリーが広く、ほとんどの料理が作れます。
でも時々家内に教えたりしていますが、それ以外には絶対に家で料理しません。

「そんなもんですねー男は・・・」、理由を書いてもよいのですが、女性は絶対理解できないと思うので辞めておきます。

そして最後は娘、だんだんとレパートリーを増やしていますが、現在反抗期真っ最中のために、別の意味で自分からは絶対にやりません。

さて唯一食事の仕度をしてくれる家内がいなけりゃ、私がやるしかないわけでしょっとばかりに「今晩は何に食うか?」と息子&娘に聞くとオムレツと来た。

「あいよ!」っと引き受けます。

オムレツはとても簡単、スライサーで玉ねぎとにんじんをみじん切りにして、それをひき肉と供にフライパンでいため、塩コショウで味付けします。

*とここで書いていますが、今回はこれを忘れてしまいました。

というのは、パソコンで何かやっていた反抗娘を口説いて料理に参加させたまではいいのですが、その時にバトルモードに入ってしまいまして (^^;)ははは

具を炒めている横でファイヤーモードにならないよう、出来るだけ知らん顔してトマトなんぞをみじん切りします。

それをペーパータオルで水を切って置いときます。

途中から娘の機嫌がよくなってきたのでからかっていたところ、すっかり塩コショウを忘れました・・・・・(― ―)

閉じるための卵を割ってボールに入れ、かき回すわけですが、なぜかこの卵、片手で割れないというか、角をコツンとやると「ぐしゃ!」となる。

「あー!」と粉々になった殻をちくちく取っていると、「もーへたくそ!」と冷やかす娘、くそー・・・(― ―;)。

フライパンにバターを薄く塗り卵を入れて、上がふわふわになるように火加減を調整して、先ほどの炒めたやつを乗せて同時にみじん切りしたトマトを加えていきます。
場合により香りつけの燻製のソーセージや燻製チーズなどを加えることもありますが、どちらも無いので今回はパス。

フライ返しを二つ使って娘が半分を器用に折りたたみ、それをもう一度「ほい!」と返しながら、さらに全体を返す。
中はふわふわ、そして焦げ目がつかないようにやりますが、ここは娘にお任せ。

私はキャベツを出して「とりゃー!」と気合を入れてみじん切りにし、きゅうりをスライスして、オムレツと一緒の皿にもり完成。

「何とかお嫁にいけるじゃん!」と再び娘をからかいつつ、私がテーブルにおかずを運んで、その間娘はご飯盛り。

箸を出して息子(お出かけ中)を除いた娘と2人で「いただきます!」。

茶碗を手にもつと「ん?・・・・・・・・」(― ―;)

私にはさっきのワンシーンが浮かんできます・・・・
炊き上げたばかり蒸らすためのご飯のかき混ぜ方がいまひとつだった娘、横で見ていた私はきちんとやるように注意したのですね。

ところがすこし強めに言ったのが気に入らなかったのか? どうもバトルモードにはいってしまったようで、私の茶碗にしゃもじでご飯を押し固めるように盛り込んだらしく、もっただけで茶碗が普段の倍の重であるのが分かります。 

空気層のほとんどないご飯を見ながらしばし唖然の私。
くすくす笑い始めた娘に「茶碗が重い・・・」というと大爆笑。

私も苦笑いするしかありません。

なんというか、「餅だなこりゃ・・・・」

2008年03月16日(日) No.469 (未分類)

手付かず


女ボス見参!


本日、直ボスになる予定の人物が職場にお目見え。
とここまでは良いのですが、女性なんですねーこれが・・・・・

直属は初めてですが、実のところ私は苦手です。
感覚の違いから来る視点の違いというか、女性の持つ最大の特徴でもある自分勝手?さが駄目で、その勝手が好き嫌いという感情的な面で押されて出てくるにいたるともう駄目です。
簡単にいうなら、男の場合は綺麗な三角構造を作って組織全体が生き物のように動かすわけですが、そのなかでここの人間や部署がもつ方向性の違いはどちらかの譲歩もしくは妥協という形で暫時処理されていくわけです。
ところが、こうしたことがまったく出来ない?(本能的にプログラムされていません)女性は揉め事になると必ずこう言い出します。
「私は私、貴方は貴方、いいじゃないそれでお互いにやれば」、と始まり、いちどでもふて腐れると、以降まったく人の言う事を受け入れようとはしません。
仕事をする上においては必ず意見の対立が当たり前のように生じたりするものですが、何をするにも最終的にはどちらをとるかで物事が来まり処理されていくわけで、それそのものはこちらを採用、そっちは不採用という言葉で処理されていても、結局のところは優位性のから来る勝ち負けでしかないわけです。
負けたことで覚える悔しさ、それが更に質を高めていこうとする意識につながっていく男に対して。
上記の「私は私、貴方は貴方、いいじゃないそれでお互いにやれば」という言葉は、自分は勝者、貴方も勝者で、たまたま貴方の方が採用されただけという強烈な自己肯定思考でしかなく、
敗北の原因と理由を分析してそれを正し、更に進化したものに成長させると言う事にはけしてつながらないわけです。
男の場合、こうした時に、もう一つ別の感情が生じてきます。
それが女性よりもはるかに強烈に感じる危機感と恐怖感です。

子を産むと、脳科学的に恐怖を感じなくなるように脳の構造変更が行われるように女性はプログラムされているわけですが、恐怖を感じなくなるということは、恐怖を取り払おうとすることから生まれてくる創意工夫や活動もしないという事になります。
この顕著な例をあげると、男に防衛の為の武器や装備は必要だろうか?と聞くと、戦争は嫌だけど、装備は合ってしかるべきと答える傾向があります。
戦争反対と口にしても、兵器は不要だという言葉はほとんど出てきません。
ところが女性に同じ事を聞くと戦争反対、ついでに武器が有るから戦争になるからそんなものなくして教育と福祉に全部回せと答える人が非常に多いわけです。
歴史のなかで常に戦場で血を流さねばならなかった男は敵を恐怖を基にして敵を殲滅する力を持つための努力をくりかえしてきました。
しかし、そうした場所から、常に切り離された場所に常に有った女性は、戦の結果とそれによりどのような結果が降り注がれるにしても、それに甘んじるしかないことから本能が子供を守り、自分を守るために戦闘性を生み出す基となる恐怖感を減らしたわけです。


「女ボスかい・・・」と私より若いやつに何気なく話すと、「休暇とろうかな・・・」と言う言葉、思わず二人で笑ってしまいましたが、こんな冗談が平然と飛び出すほど、女性ボスは組織という面で大きな影響のあるものなのです。
上に書いたような独特の思考で物事を処理されると、非常に融通が利きませんから、最終的に全体に活力が無くなり、企業であると倒産、
政治であるとXXXX(これは歴史をみてください)になります。

こうした女性の持つ特性は創意工夫や冒険意欲という面でも現れ、本来なら女性の独壇場であっていいはずの美容、ファッション、料理、果てはコスメ、化粧品からバッグに至る隅々まで男が頂点に立つという現実を作り出しています。
これは男がけして優れているわけでもなんでもなく、「私は私、貴方は貴方、いいじゃないそれでお互いにやれば」という言葉を口にしない男と平然と言い放つ女の差そのものでしかなく、これは競争を基本とした縦社会を当たり前とする男と、共感を基本とする横社会との差でも有るわけです。
さて、本決まりになれば嫌でも顔をあわせねばなりませんが、女性ボスは必ずしも悪い面だけではなく、非常に良い面も持っています。
これについては又今度。
性差というものをきちんと理解している優れた人物であれば、良い面がさらいよい方向へ作用しますが。
下手にくだらない平等意識をもっていると最悪になる。
これだけは間違いない事です。

2008年03月11日(火) No.467 (未分類)


すっかりと春めいた陽気になってきました。
一見あたりは茶色ですが、もう花は咲いています。

2008年03月07日(金) No.466 (未分類)

だー! たまらん


というのは花粉症。

悪夢の大量飛散だった数年前に発症、以降毎年この季節になると苦しめられています。
ただ、昨年、今年と量は少ないようで、そういった意味では楽です。
バイク通勤している事から、通勤時にはまるで空気清浄機のように花粉を吸い込んで、降りてしばらくはくしゃみと鼻水にやられます。
そんでもってこれが続く間は朝のジョギングもやる気なし、昨年まではそれでも気合入れてやっていましたが、当たり前のようにその後(一日)が悲惨、
それじゃ意味無いということで、試験的に花粉がおさまるまではエアロバイクをコキコキとこいでいます。
とりあえず7日がピーク、後は減っていくようですが、昨年試して驚くほど効果のあった、小指リングの出番はないのかな・・・・
そういえば黄砂が舞っているとかで、私は花粉症ではなくて、黄砂症なのではないか?なんて事を思うことがあります。
昨年当たりに気づいたのですが、黄砂が飛散しているとき以外には、ほとんど症状が出ない事があります。
なんでも黄砂に花粉症をひどくする要因があるらしいのですが。
実際今年も黄砂が観測された日に花粉症が始まったといっても過言ではなく、逆にそれまでは花粉症らしき症状がまったくといってよいほど有りませんでした。
どうなんでしょうかね・・・・


ホームページと父兄向け動画配信の改変作業に今日から取り掛かろうと思っています。



2008年03月04日(火) No.465 (未分類)